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IndexText プラザセレクト代表取締役・三谷浩之のブログ

2019.12.26 Thursday | Message

令和最初の年が終わるにあたり~時代が創られていくということ~

こんにちは。
プラザセレクトグループ代表の三谷浩之です。

あと少しで令和元年が終わります。今回平成から令和へと年号が変わるにあたり今までの近代史ではない形での天皇のご即位でした。時代と共にやり方や在り方が変わってきています。

今回のように年号が変わったことだけでなく、今急速に時代の中で多くの常識や環境が変化しています。日本は戦後高度経済成長で一気に経済が加速し人口も増え世界ナンバー2の経済大国にのし上がりました。それから100年も経っていない今では世界のトップを走る高齢社会突入国であり人口減少国です。人がいなくなっているため経済も縮小傾向。世界の通信手段はネットにより劇的に変わり、最近はAIが日常にも浸透してきています。まさに私が小さいころ見ていたドラえもんの世界や、有名な映画バックトゥザフューチャーの世界が現実になっています。

現代に生きる我々からすると今の常識や環境を変えることはリスクを伴い多大なる力が必要です。しかし未来から現代を見れば、今大騒ぎしていることがもしかしたら教科書にも載らないくらいの些細なことだったり、たった一行で「西暦●●年ネットが急速に発達してスマホと呼ばれる携帯電話とパソコンを合体させたものが普及し通信手段の高速化が始まった」とか「令和●年働き方改革の名のもと労働時間の短縮を図る企業が増え、そのため〇□・×▽という結果となった」などと書かれるだけかもしれません。その時代に生きている人からすれば「へーそうなの。知らんかった」とか「昔はこうだったらしいよ」とかその程度の会話になるかもしれません。今私たちも過去のことについてそうですしね。

しかし間違いなく言えることは、その無数の出来事の足元には多くの努力や犠牲や労力が積み重なっているということ。そしてその積み重ねで今の時代があるということ。私たちが今平和に暮らせているのも先人たちが日本のために戦ってくれたから、道路が整備され橋が架かっているのも誰かがその夢を実現したため、家や車や飛行機や電話があるのも、法律があり秩序が保たれそれを守る組織があるのも、常識という概念で社会が成り立っているのも、教育を施され読み書きができるのも、誰かが国のため、誰かのためにリスクを負って努力して創り出してくれたからにほかなりません。

そう考えると私たちは過去の人たちの常識と努力の上に今の時代を生かさせていただいています。時代が変われば今呑気にブログを書くこともできていないかもしれません。だから先人には感謝です。どんなに生きやすくなっても常に問題はあり完璧な世の中、完璧な組織、完璧な人はいません。だからこそ今の時代に生かさせていただいている我々は少しでも何かを変化させ次の世代が生きやすくなるように次に繋げていく義務があります。あれが悪い、これが悪いという前にそれらをよくするために自らが手足を動かしてほんの少しでも何か変化を促すことが過去の人への感謝の印となり未来への自分が生きた証になるのではないかと思います。

一日でも先に生まれた人たちが創った時代で生かされていることへの感謝と、一日でも後に生まれてきた人たちに前向きな生き方を見せて時代を切り開く義務。この両方を私たち一人一人は背負っているのではないでしょうか。昭和、平成、令和と3元号のもと生きられているいうことに感謝し、次の時代を創るために日々生きた平成最後の年と令和最初の年でした。

来年も皆様よろしくお願いします!

2019.10.12 Saturday | Mind

結果的に

こんにちは。
プラザセレクトグループ代表の三谷浩之です。

私が経営の中で思い描いている理想が「結果的に」です。
どういうことかというと、例えば会社でも個人でも仕事をしていたら今月の目標や今週の目標などがあるでしょう。私も経営者として会社の売上や利益は追いかけます。でもその数字自体を追いかけるのではなくて、本質的な部分を目指すことで「結果的」にその目標数字が達成されているということが理想だと思っています。

私の感覚として数字を追いかける日々を長年やっていると疲れます。「これはいつまで続くのだ?」「なんのためにやっているんだ?」とふと思ったことも過去何度かあります。数字を伸ばす、それが楽しい時期は確かにあります。しかし一方で数値目標は達成してもまた次の数値目標が設定され新たなレースが始まります。そうやって終わりのないレースが続くことに無意識に疲れを感じるのだと思います。

たぶん忍耐強く一生懸命がんばる人ほど、次のレースもまたがんばって結果を出し続けるでしょう。しかし私は思います。この状態の「がんばり」はちょっと角度がずれているのではないかと。

今からの話は理想論なので現実が100%そうなるとは思っていません。社会の一員として大人としてがんばることも必要です。ただそのがんばりの割合というか、方向というか、そういう点に着目してもいいのではないかと思うのです。

この「角度がずれているがんばり」は多くの場合、狙うべきゴールがいつの間にかずれた状態です。たぶん多くの人は社会に出た第一歩は「よし、がんばるぞ。成長してお客様に喜んでもらって、会社にも貢献してみんなから必要とされたいな」という「~したい!」という自分の中から湧き出る想いがあったと思います。しかし日々の中でだんだん「今月受注しないと」「あれやっておかないと怒られる」というような「~しなければならない」に多く支配されているのではないかと思います。

「したい」100%の想いがいつのまにか「しなければならない」に浸食されその割合が増幅。いつしか「~したい」の割合が完全に薄れてしまいます。責任や期待や自尊心やとなんやかんや目に見えない重みが増えてきて、わかっていてもだんだん「~しなければならない」に飲まれます。

それなんのためにやっているの?誰のためにがんばってるの?
こんなのでしたっけ?私たちの最初の気持ち??
違いますよね。「~したい!」だったはずです。

これを健全な状態にするために、冒頭の「結果的に」を私は理想としています。

「お客様に喜んでもらいたいと思ってやっていたら、結果的に数字が伸びた」
「仲間に喜んでもらおうと思ってやっていたら、結果的にチームの数字が達成できた」
「あなたがいてくれてよかったと思ってもらえるように生きていたら、結果的に多くの仕事が舞い込んできた」

社会生活の中で完全に払拭することは無理と承知していながらも、時に根っこの部分に目を向ける時間は必要と思います。忙しい毎日の中でもたまにはそんな時間を意図的に取ることは必要です。自分から湧き出る何かを心にとどめ自分の「~したい!」の割合を増やしてみてはどうでしょう?

我慢と我儘

どちらも重要。
これらをいいバランスで生きられると良い人生でしょうね。
そして結果的に良い人生だったなぁと最後に思えることは幸せだと思います。

2019.08.04 Sunday | Message

目的と目標

こんにちは。
プラザセレクトグループ代表の三谷浩之です。

みなさんは目的と目標の違いをしっかり理解して行動していますか?
これ実は意味が分かっている人でも行動している最中で、いつのまにか目標が目的化してしまっている人が多いです。ということで今回はそんなことを書いてみようと思います。

まず目的と目標とは何なのか?

目的 ⇒ 基本的に不変 目指すべき最終到達点 抽象的なことが多い 定性的(数字で見えにくい)

目標 ⇒ 変化も可 最終ゴールに向かうための指標 具体的なことが多い 定量的(数字で見える) 

違いで言えばこんな感じだと思います。具体的な事例でよく知られている教会を作っている3人の男の話を簡単に引用します。

《寓話始まり》
あるところで3人の男がレンガを積んでいました。その男たちに旅人が声をかけました。
「何をしているんですか?」
1人目の男は、ふてくされた感じで「見ればわかるだろ。レンガを積んでいるんだよ。暑い日も寒い日もこれをやんないといけなくてしんどいし、大変だよ。なんで俺がこんなことしないといけなんだ。」とブツブツ文句を言っている。
2人目の男は、先ほどの男のように辛そうではなく答えた。「俺はここでレンガを積んで壁を作っているんだ。これが俺の仕事でこれで給料をもらって家族を養っている。大変だけどご飯を食べるためには仕方ないし、仕事があるだけましさ。文句言ってたらバチが当たるよ。」と半ばあきらめ、半ば受入れている感じ。
3人目の男は、目を輝かせて活き活きとレンガを積んでいた。「俺はここに教会を作っているんだ!歴史の残る建物になるぜ。そしてこれができたら多くの人がここに集まって祝福を受けて幸せな気持ちになるんだ。素晴らしいと思わないか。そのために俺は今レンガを積んでいるのさ!!」《寓話終わり》

これでピンと来る人もいるでしょう。

1人目の男 ⇒ 目的は特になし やらされ感満載 
                      たぶんずっとブツブツ言いながらやっている
2人目の男 ⇒ 目的はお金を稼ぐこと 生活のために仕方なく働いている 
                       流されるままに生きて主体性はない
3人目の男 ⇒ 目的は後世に残る仕事をして人の役に立つこと 
         自分の仕事や生き方に誇りを持ち前向きに生きて人生が充実している

3人とも目的はばらばらですが目標はきっとあると思います。1人目の男でさえも日暮れまでにあと〇個レンガを積まないといけないという数を見ているでしょうし、2人目の男もこれだけ積めば〇円もらえるとお金を計算しているはずです。私に言わせれば2人目の男は目的があるだけでも十分。その自分の見えている範囲内で他にもいろいろ考えているかもしれません。3人目の男は、1人目、2人目と同じことも目標にしながらも、きっともっと広い視野で物事を見ています。崇高であり素晴らしいと思います。全体工程を何日縮めようとか、もっと安くて早くできる方法を生み出そうとか、建った後にみんなが使いやすいようにするアイデアを出そうとか、実働でもっと効率的に美しくできるやり方で動こうなどと多くの改善やアイデアを出して目標設定をしていることでしょう。

これを見てわかるように、目的意識の差で目標設定の数もその内容の濃度も全く変わります。この今の差が数年後に全く違う人生の結果となるでしょう。そして日々生きていく上での充実度も違ってくるはずです。これが目的を持って生きること、目的を持って仕事をすることの重要さです。

とは言え、立派で崇高な目的を持たないといけないと思うとそんなの俺には無理だよとなってしまうものです。私はもっと気軽でいいと思うのです。家族を養うという目的を持っている2人目の男でも十分立派です。その人その人が思う「為したい何か」でいいと思います。

ここで最も大切な事は「目的を持って生きること」「目的を持った行動をすること」です。目的と目標がごちゃまぜになると自分が何をしたかったのか、何をしているのかもわからなくなってしまい袋小路に入ってしまうこともあります。だからこそしっかりと目的と目標の違いを明確化して、その過程でも自分がぶれていないのかどうかの振り返りをすることが大切です。よく目標を紙に書いて見直している人が目標達成していると言われますが正にそれです。目標だけでなく目的も忘れないように目に入れる仕組みを自分に課すと良いかもしれませんね。

「目的はこれ、そのためにいつまでにこれをする」 この明確化が大事です。

時に自分に問いかけましょう。
「それなんのためにやっているの?」
これが答えられなかったり、最初に思っていたのと違うことになっていたら要注意です。

目的と目標を明確にするだけで、今の時間が輝き、今やるべきことが明確になり、将来に希望を抱けるようになり、その積み重ねの結果として素晴らしい未来を手にできると私は信じています。

2019.06.09 Sunday | Message

あなたの会話は心地いい?

こんにちは。
プラザセレクトグループ代表の三谷浩之です。

あの人と話していたら心地いいなぁと思う人と出会ったことがあると思います。
要するに話しやすいということです。

話しやすい人、話していて楽しい人に共通するのが、「話がおもしろい!」ということではなく「話を聞いてくれる!」という特徴です。そうです、実は話していて楽しい人とは「話し上手な人」ではなく「聞き上手は人」なのです。

人は自分の話をたくさん聞いてくれる人が好き。だからついつい話してしまうのですね。
それに話を「うん!うん!」と興味を持って聞いてくれるとどんどん自己肯定感が生まれ気分が良くなります。だからまたついつい話してしまう。自分のことを聞いてくれて自己肯定感も増加するから楽しくてあっという間に時が過ぎ去ります。

その結果「あの人と話していたら時間が経つのがあっという間。楽しかったぁ。またあの人と一緒に時間を共有したいなぁ」という印象が残るのです。

私も営業として駆け出しのころによく上司に言われていました。

「営業は相手の話を聞くことが大事」と。

よく営業は押しが強く口がうまいとか言う人がいますが決してそうではありません。
私が見てきた中で口数が多く、ぺちゃくちゃしゃべる人で売れる人はいません。
その逆で継続的にトップセールスになる人はだいたい聞き上手で、商談中もほとんどの時間お客様の方がしゃべっています。相槌を打ち、的確な質問で相手のニーズを引き出し、その考えを整理してあげる術に長けています。するとお客様はこの人なら安心、この人に任せようというお気持ちになりご発注いただいているケースが多いと思われます。

まずは聞くことが大事。
自分だって、自分の話を一生懸命聞いてくれる人に好感を持ちます。
話を遮られたり、マシンガンのようにしゃべられたり、こちらの言うことを受け止めてくれない人とは話を長くしたいと思わないはずです。

そこで会話のポイントです。私が駆け出し時代に教えてもらった相手が心を開いてくれる会話のゴールデンルールです。

 『 語って ⇒ 質問 ⇒ 共感 ⇒ リピート 』

この順番に話をすると、大半の人はたくさん話してくれますしこちらに好印象を持ってくれます。注意深く人の会話を観察していると話しやすい人はこの流れに沿って会話をしている場合が多いです。それが生まれ持ったものなのか、訓練によって後天的に身につけたのかはわかりませんがとにかくこの会話の流れを身につければ、心地いいだけにとどまらずきっと人間関係を円滑にします。

語って  … イントロトーク。 例「そういえば、おいしいカレーの店見つけたんだ」
質問   … 相手へ質問。   例「カレー好き?」
 <相手> 「俺カレー好きだよ」
共感   … ここで相手の言葉に対して共感して聞いているよという行為を示す。
       例「そっか、そっか、うんうん(時に相槌もいれる)」
リピート … 共感した後、すかさず相手の言葉をリピート。
       例「〇〇君、カレー好きなんだ~」

この間僅か数秒。
そしてこの流れで会話が進むとこのあとほぼ100%の人が無意識に行う動作があります。
それは「うん」「はい」「おう」などの発声と共に、肯定のうなずきです。

 <相手> 例「うん、俺カレー好きなのよね。」

そして結構な割合でこのあと勝手にしゃべります。
「だって俺ココイチにしょっちゅう行くもん」とか、「辛い物が好きでさ」とか。。

そのように何か付け足しの言葉をつけてくれたら、さらに共感⇒リピートです。
特に付け足しの言葉がなければ再度、語って⇒質問の流れです。
「へー(カレー好きなんだ)、最近はいろんなルー売ってるし家で作ったりもするの?」
「家では作らないかな。外が多い」
「そっか、そっか、外でカレー食べることの方が多いんだね」
「うん、そうだね、家で作るのは面倒だし」
「そうだね、作るの面倒だよね、特に洗い物とかも出るしね。そしたら料理はあんまりしないの?」
「料理はしないかな。・・・なんたらかんたら・・・」
と言う風に会話が広がっていきます。

質問をして共感、リピートを繰り返せば、相手側から自分の情報を公開してくれます。
それらに対してさらに質問、共感、リピートを繰り返せばどんどん会話は弾みます。

決して「えっ、カレー嫌いなの。俺はカレー好き。だってさ・・・」などと持論を語り始めてはいけません。それは相手との距離が縮まった後からすることです。
自分の話をしてはいけないという事ではなくて、それは心が近づいてからすることだということです。

いかがでしょう?
『 語って ⇒ 質問 ⇒ 共感 ⇒ リピート 』

実践すればあなたの大切な人はもっとあなたと話がしたいと思うはずです。
そして相手の気持ちを知ることで、相手が望む何かをしてあげることもできて人間関係はさらに良くなりますね。

それに何より大切なことはこのようなスキルよりも相手のことをもっと知りたいと思う興味と思いやりの心があってこその「心地いい会話」となることは言うまでもありません。

2019.04.21 Sunday | Mind

共通点と親近感の関係

こんにちは。
プラザセレクトグループ代表の三谷浩之です。

ビジネスだけにとどまらず良好な人間関係は人生の中で大切な要素です。よく言われることですが人は一人では生きていけません。だから信頼し合える人と生涯でたった一人でも出会えることができれば、その人の人生はとても良い人生だと思います。
量の問題ではなく質の問題であり、そのような人と出会って長期良好な関係を築くことができればそれは何よりも大切な宝となります。日常で当たり前になってしまうその宝物を改めて大切にした方がいいですね。ということで誰かとの良好な関係があることは、人生を温かく、鮮やかに、美しくすること間違いなしと私は思います。

とは言え、そのような人との出会いも最初は「はじめまして」の知らない人同士の出会いから始まります。直感的に空気感が合うというような本能的なこともありますが、多くの場合それは無意識に相手との共通点を見出しているはずです。なぜなら人は共通点があれば親近感が湧く生き物だからです。ということは、共通点を見つけてお話をすればもっと仲良くなれるということです!

日常生活においても周りを見渡せば自分と共通点がある人は無数にいます。
例えば「人間である」「同性である」「日本人である」などなど。
もう少し掘ってみれば「車に乗っている」「歩いている」「鞄を持っている」「髪が長い」「眼鏡をかけている」などなど。
言葉を交わしてみれば「方言が同じ」「話すスピードが近い」「声量や音域が近い」などなど。
さらに話題を掘ってみれば「出身地が同じ」「学校が同じ」「職業が同じ」「家族構成が同じ」「利き手が同じ」などなど。
さらに深く個人的な話題を掘り下げれば「趣味が同じ」「癖が似ている」「夢が同じ」「好きな食べ物が同じ」などなど。

もう言い出したら無数です。書ききれない!
ですがこれは最初に言ったように普段の日常生活の場面なら「別にそれがどうした?」という内容も含まれています。人間だとかどうとかそんなのは「そりゃそうだろ」「そんなこと当たり前だろう」と思うかもしれません。
しかしそれは違います。

興味深いことに共通点は場面や状況によってその威力が違います。
想像してみてください。
無人島で人と出会ったら、「うわー、人間だー!」って思うでしょ。
相手も思います。「やっと人と出会えた!」ってテンションが上がるはずです。
もしそれまでに無人島で怖い思いをしていたらハードルが高すぎて警戒心が上がる可能性もありますが、少しハードル落として人間がどこかにいる前提でアマゾンで迷子になっている時に人間と出会えたら。。
きっと安堵と喜びで感動して抱きつきます!

海外で日本人と出会ったら…。
地方の出身者が上京後に同じ出身地の人と出会ったら…。
(これは18歳の時に東京に上京した私も体験したことあります)
同じ出身地じゃなくても、四国というだけでもかなりの親近感です。
(これも自身で体験済)

場面と状況が変われば出身地が同じと聞くだけで
「おー。同じだね!」って握手するくらいのテンションもあり得ます!!
しかし生まれ育った実家の近くでその人と出会っても特に衝撃は無くきっと握手などしないでしょう。

社会に出て知り合った人と同じ高校だったと聞いたら…。
年齢が同じだったら…。(昭和〇年会みたいなのも実際ありますよね)
友達が共通だったら…。

場面と状況で感動の度合いは変わりますが、間違いなく人は自分との共通点があれば親近感が湧くのです。状況次第では「人間」というだけでもかなり距離が縮まるという事実。
そして同時に安心感も湧きます。
人の紹介でも「あの人に紹介してもらった人」というだけで、最初に抱く安心感と距離感は違うはずです。

「人は共通点があれば親近感が湧く」
「人は共通点を見つけた時に距離が縮まる」

これはビジネスでも人生でも役に立つ真理です。
特に営業の仕事をしている人は大切にしてもらいたい考えですね。
目の前にいる人と自分との共通点を見つける術を身につけましょう。
そしてそれを分かち合うコミュニケーション力を身につけましょう。

きっと豊かな人間関係を築くことの第一歩となり、豊かな人生を送るための大切な要素となるはずです。

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